大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)234号 判決

本件当事者間に争なき昭和二十八年五月四日被控訴人から控訴会社に金八万円を交付した事実及び当裁判所が真正に成立したものと認める乙第二号証の一ないし八によつて認められる右同日附を以て被控訴人名義となつた額面合計八万円の控訴会社の株券なるものが一応作られている事実に右同様成立を認める乙第三ないし第五号証の記載内容を綜合すれば、控訴会社は一般に、又本件において、自らの株式を取得せしめその代金として金員を受取るという形を整えつつ金を領収していることは窺われる。然し、若し果して真実に株式を取得せしめ、その代金を収納しているものであるならば、先づ本件におけるが如く乙第二号証の一ないし八の被控訴人名義の前記株券が代金支払後たる現在控訴会社に存在することは不自然であるし、(控訴人は単に「保管中」と主張するのみで保管の理由を明かにしない。)更には又、乙第三、四号証によつて明かなように一般に控訴会社の営業案内、株金領収通帳に、払込完了後株式は何時でも額面で譲渡を引受ける類の文言が存することも不可解である。それは会社が自ら公然と法の禁ずる自己株式の取得を宣伝、誓約していることになるからである。(仮に、額面で譲渡を引受ける、の文字を自ら取得するのではなく、他への譲渡を引受けるというふうに読むとするも、実はかかる他への譲渡が何時でも可能であるということは保証せらるべくもない現実であることを考えると、強いて文字を右のように読んでも結局実質は自己株式取得の宣明に落着することになる。)即ち、控訴会社が一般に、又本件において採つている自らの株式を取得させ、その代金として金員を受取るという形がそのまま真実の実体であるとするならば、右のように明かな不自然、不可解な事実を帯有、露呈していることに帰するのであつて、それは通常人の行為としては理解し得ぬところというべきであり、かような見地から弁論の全趣旨にかんがみれば、結局右の形はあくまで控訴会社の自ら整えた形たるに過ぎず、これに内包される他の何等かの実質があつて、この実質が形にたえきれずして自らの姿をあらわし、これがため形から推せば不自然、不可解となるものをはしなくも露呈するに至つたものと推認されるのである。その実質は何であろうか。

成立に争なき甲第一号証によれば本件八万円の領収書はことさら難解な特定株主定期資金領収証書と題せられており、株金充当資金として領収した旨記載してあるけれども、それには期間六箇月、優待費年三割、期日昭和二十八年十一月三日と記載され、しかも領収資金の期間中における払戻の禁止の条項が掲げられている(従つて期間後の払戻の許容が推認される。)と共に(これ等の記載は領収した株式代金に関する処置として凡そ納得、理解できないところである。)「本資金を借入金として取扱」う旨が記載されていることが認められるのであつて、全体的に観察すれば本件取引はその実質が貸金にあることが推断されるのである。

然るところ当審証人大山正夫の証言及び当審における被控訴本人の訊問の結果によれば、控訴会社においては本件の如きものは満期六カ月、月利二分五厘の定期預金として募金し、そしていわば貸金証書兼領収書の意味で右甲第一号証同様の書面を客に交付するというのが一般の例であり、その取引に当り株式代金として受領するなどということは決して明かすことなく、唯客から印を預りこれによつて控訴会社が自ら欲する書類を一方的に作成して自分で満足できる形式を整えておくというやり方をしていたのであり、本件においてもその例にもれず、控訴会社は被控訴人に対し借入金の申込をなし、被控訴人はこれに応じ金八万円をその主張の如き利息、弁済期の定めで貸与したのであるが、その際交付された印かんによつて控訴会社がほしいままに乙第一号証の株式譲受申込書なるものを作成したという関係にあることが認められる。

これを要するに、控訴会社が自ら一方的に整えた形式はともあれ、控訴会社の実質的に有した意思は貸金を受けるということであつたものと認められ、そしてこの意思を表示した募金に応じて被控訴人は貸金の意思で本件金八万円を右のような定めで控訴会社に交付したものと認められるのが本件であつて、即ち被控訴人主張の本件貸借の成立はこれを是認すべきである。

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